拝啓 風子様
虹の橋に走って行っちゃった風子へ ~ねねより
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風子ってさ。

私の事、きっと『ねね』だと思ってるよね。




あー。そうだな。
・・・いや、待てよ。俺、ねねの事『○○』って名前でも呼んでるから
風子はちゃんと理解してたような気もするなぁ。


でも風子にとってはちっちゃい頃から、必ず『ねね』だったよ。
ねねとこおいでー
ねねにちゅーは?
ねね帰ったよー・・・
風子!ねね怒ってるよ!ほら!みたいな(笑


確かに(笑
じゃあ俺はずーっと『パパ』か。


そうだね。
そういえばパパの事、“パパ”以外で呼んだ事、多分無いもんね?


気が付いたらずっとそうだった。

私は、ねね。

ばあちゃんが“おねいさん”と呼び、ダンナが時々“お姉ちゃん”と呼ぶからなのか。
弟と妹二人が居て長女だったからなのか。

どっちにしろ、
気が付いたら、私は、ずっと、ずーっと、風子にとっては“ねね、ねぇねぇ”で
ダンナは、結婚前から私が呼んでいたまま、“パパ”だった。

この間、晩酌しながらPCのモニターに浮かんでは消える風子の写真を見ながら
そんな風に、風子の記憶にある“私達の名前”の話をしていた。
後から考えたら、本当に、“パパの名前”を呼んだ事が無いって気付いて。

まさかそんな。風子が生まれる前から十ン年も一緒に暮らしてる人の名前なのに。

んー・・・最後に呼んだのはいつ?いつだ?

銀行とか市役所とかアンケートとか、諸々の書類には飽きるくらい書いてる名前なのに
ダンナに面と向かってダンナの名前を呼んだ事が無い。本当に無い。記憶に無い。

付き合ってる頃は苗字で呼んでた。うん。

で、苗字から、冗談めかして“パパ”と呼び始めて、それからずっと“パパ”だった。

うわぁーー!風子、ねね、初めて気付いたよ!
『○○さん、○○くん』とか、名前で呼んだ事、一度も無いよ!

○○さん?○○さん、いってらっしゃい!って?

独り言のようにつぶやいてみたら、あんまりにも変で、なんだか頭をかきむしりたくなった。

じゃあ・・・やっくん?やっくん?えーーー!

クチから火が出そうだ。無いわー。やっくんは無いわー。
両手でほっぺたびしびししたくなった。

まあいいか。

パパはもうパパ以外ありえないし、
ねねはねねだし。

そだよね。

風子もきっとそれ以外しっくり来ないよね?きっと。

と一人で酔っ払いながら、風子の写真に同意を求めるのであった。
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2008年1月下旬

風子のトイレと食事と、空いた時間にコタツでお仕事。
家事は極力サボらせてもらっていたけど、
雪かきだけはサボれない。

風子がトイレの為に歩き回るスペースが無いといけないし、
何かあった時にすぐに車を出せるようにしておかないとダメだし。

雪かき前に、玄関前の雪をトイレ散歩用に片付けて、風子を歩かせる。
体が重いので、降り積もる雪をぶるぶるっと除けることが出来ない。
時々手で払い落としてやりながらくっついて回る。

トイレが終わって、片付けて
「はい、じゃあお家帰ろー」
と顔を上げると、風子は玄関とは逆の方に歩いて行き、
はぐはぐ、はぐはぐと雪を食べていた。

「やーーー!ナニしてんのアンタはぁーー」

顔中に粉雪くっつけてきょとんとしてる風子を抱え上げて、
雪をぱたぱた払いながら玄関へ急ぐ。
ただでさえ寒いのに。寒いのは心臓に良くないのに。
その上雪食べちゃうなんて。

元気な時も、ごくごく稀に散歩中、雪を食べる事はあった。
でも亡くなる前の風子は、利尿剤の副作用で異常に喉が渇くのか、
体が熱っぽくて冷たいものが欲しくなるのか、
庭に出すと結構な頻度で雪を食べようとした。

出来るだけ食べさせたくは無かったけど、
食欲が殆ど無い風子が食べたがるものをすぐに取り上げるのも気が引けて、
その内、段々と、黙って食べるのを見守るようになった。
少しだけ。少しだけなら食べてもいいかな、って。

すると、玄関周りの積み上げた雪は通り過ぎて、
ちゃんと片付ける前の綺麗な新雪の方へ歩いて行き、
積もったばかりのやわらかいところにくんくんと顔をくっつけて、はぐはぐ、食べてる。

すごいなぁ。何でわかるんだろ?
風子、新雪の匂い分かるの?

すごいけど、ちょっとだけだからね。
・・・はい!終了~。

暖房の効いた部屋にずっといると、真冬でもアイスクリーム食べたくなるようなもんかな。

まだ雪を食べ足りなさそうな風子を抱き上げながら、そんな事を思った。
2008年1月下旬

体重9.7kg
日に日に増加する。
腹水の他、胸水、四足の浮腫み、アゴの下にも水の貯留が見られる。
冷たい水はよく飲む。温めたり、スープにすると嫌がる。
食欲は、ゆでレバーとタラ巻きササミ以外は無視。

呼吸は時折苦しそうだけど、横になって眠ることは出来る。
オシッコの量は多い。ウンチが少しゆるい。




ダンナの誕生日、家で焼肉をした。

たくさんお肉や野菜や、風子(とパパ)の大好きなレバーを買い込んで、
風子の目の前で焼いた。

昼間は、無理矢理療法食を食べさせられて不機嫌だった風子の表情も、
ワクワク、キラキラして見える。

焼いたレバーを冷ましてから、風子の前に。
待て、って言ってないのにちゃんと待つ。
「いいよ」の声を聞くと、あっという間にかぶりついて食べる風子。

「その勢いでごはんも食べてくれへんかなぁ」と苦笑しながらも、私は嬉しくて
「いいよな?美味しいのが一番だもんな?」とパパもニコニコ笑ってた。

風子はレバーの他、カルビも少し食べた。

私達は風子が美味しそうにお肉を食べるのを見ながら、美味しいビールを飲んだ。

美味しそうにお肉を食べた後、
満足げに寝床に伏せて、眠そうな顔をしてくれるだけで
眠気も、疲れも、全部吹っ飛んでしまうくらい幸せだった。

こんななんでもない、幸せな瞬間が、今までの12年間の中で
何回も何十回も何百回も、もっともっとあったはずなのに
悲しいかな。よく覚えてない。

たくさんあり過ぎて。
あんまりにも当たり前だったからかな。

2008年1月某日

肩をつんつん、つんつんと突付かれて目が覚める。
豆電球の薄暗いオレンジ色の明かりの中で時計を見上げると午前3時。
自分の寝床を出て、すぐ隣のコタツで寝ていた私の顔を覗き込んでいる風子。

─あれ?まだチィ出る?

1時間くらい前に行ったばかりだったけど、わざわざ自分で起きて来る位だから
また出るんだろうと思い抱き上げようとすると、
風子は“ちがう、ちがう”と私の脇にくっついてぺたんと伏せ、
少しめくれたコタツ布団の隙間にすんすんと鼻先を突っ込んだ。

─もしかしてコタツに入りたいん?

ほふく前進でコタツに少しずつ入ろうとする風子の様子が、可笑しくてしょうがない。

─風子のお布団かって、ほら、電気毛布でホカホカやん?
─コタツの方がエエの?ちょ、ちょっと待ってー、潜ったらアカンってー(笑

潜り込もうとする風子を抑えて、頭を外に、体とお尻を中に入れて、肩まで布団をかけて
笑いを堪えながら頭を撫でた。
風子はとろんとした顔で、さっさと気持ち良さそうに寝始める。

─そんなに入りたかったん。変な子(笑

一緒にコタツに入って、すぅ、すぅという風子の寝息を聞きながら目を閉じた。

病気になってから、苦しくてすっかり大人しくなっていた風子が
1月中旬頃からだったかな、前のように少しずつ自分の主張を通そうとするようになった。

療法食は食べたくないけど、ゆでレバーとたら巻きササミなら食べる、とか。
玄関マットの上で伏せたい、とか。

最後の日までの半月余り、体の苦しさ、しんどさは
日を追うごとに増して行ったはずなんだけど、
去年の今頃の風子は、とても“風子らしかった”かもしれないな、と思う。

腹水でどんどん重たくなるお腹、浮腫みで倍以上に腫れた足。
歩くのが辛そうだからと洗面所でトイレをさせようとしても、拒否。

ごはんを食べさせてる時は、この世の終わりみたいな絶望感に満ちた顔してるのに、
パパが帰って来て、晩酌しながらゆでレバーをひとつ、ふたつと目の前に出すと
嬉しそうな顔で、むっちゃむっちゃとレバーを噛み、「おかわり!」と笑顔。

だから、つい、私達も笑って。

ワガママで、頑固で、へそまがりな風子。
大丈夫だね。この分なら、きっと風子の病気、良くなるねと。思ってしまうくらい。
風子は、風子らしく、一生懸命頑張っていた。


2008年1月10日木曜日

初めて訪れた大学病院で朝っぱらから大失敗
ありえない。大事な日なのにありえない、自分。
冷や汗かきまくりだったけどなんとか受付1番乗り。

風子の検査には1時間くらいかかる予定です、と言われたけど、
約2時間、風子は帰って来なかった。

大学病院の待合室は、時間が過ぎるほどにたくさんの動物とヒトで溢れ返った。
一目見ただけで、具合が悪そうだって分かる子もいっぱい来ていた。
風子みたいに、地元の獣医さんでは手に負えないと紹介された子も多いんだろう。
この雪の中、何時間もかけて運転して受診しに来た飼い主さんも。

時々検査室のドアが開いて、誰かが出入りする度に、
白衣を着た学生さんや先生に囲まれて困った顔をしている風子がちらっと見えた。

何が起こってるのか分かんないんだろうな。不安だろうな。
だいじょぶだよー。ねね、ちゃんとここにいるよー。
手を振っても風子には見えないけど、手を振って
ちっちゃい声で「ふーこー!」って言ってみたりした。

2時間後、呼ばれて診察室に入る。
私が入って来ても伏せたままぶすーっとしてる風子を見て、ちょっと安心した。
ぐったりしてはいなかった。

レントゲン、血液検査、心エコー、心電図・・・検査結果を見せてもらいながら説明を受ける。

・腹水は、まだ抜かなくても良い。慎重に時期を判断していく。

・12月のB獣医さんでの検査結果と比べると、
 肺の状態は完全にとは言えないけれど、格段に良くなってる。

・だけど心臓の状態は、悪化している。
 心臓の周りを覆った膜の中に水が溜まって来ていて(心嚢液貯留)
 この水を抜かないと心臓の動きを阻害して、心不全を引き起こしてしまうので、
 腹水と同じく、時期を見て心臓の水も抜かなくてはならない。

詳しく検査してもらっても、心臓の専門の先生に診て頂いても、
相変わらず結果はあまり良くなくて、まだまだ不安や恐怖はてんこ盛り。

検査の前に、先生に
「血液検査の時に、風子ちゃんの血液を少し提供して頂けませんか」と言われたので、
「どうぞ」と答えた。
風子の為に役に立つ何かが、今すぐ出来るわけでは無いけれど、
将来のより良い薬や技術の開発、研究の為に使わせて頂きますって。

ほんのちょっぴりだろうけど、風子を含めた病気のわんこ達の提供した血液が
将来、何かの役に立つのかもしれない。

そう思ったら、不安は変わらなかったけど、少しだけ幸せな気分になった。
2008年1月初旬

9kg近くあった体重は、半月で8kgまで落ちていた。
それが年末からお正月にかけての数日で、今度は測るたびに少しずつ増えて行く。

顔や背中、腰は痩せてゴツゴツしているのに。
お腹に触ると、たぷたぷした感触。
腹水が、溜まって来たのだ。

受診する度に難しい顔で時々何か考え込んでいた獣医さんは、
お正月休みが明けた日の朝に受診した際、
腹水の状態を診て、言った。

「・・・やっぱり、専門の先生に診て頂いた方が良いと思います。」

結局、最初にA獣医さんから紹介されるはずだったC大学病院に、再び紹介される。

この頃、100g単位で測れる体重計を買って来て、居間に置き、
毎朝パパに抱っこしてもらって計測するのが朝の日課になった。

そういえば、

「・・・パパの体重引いて・・・あぁー(;´Д`) また200g増えてる。
 腹水抜いてもらわなくちゃダメなのかなやっぱり・・・」

なんて計算機片手にぶつくさ言ってる私の横で、
パパは抱っこした風子にニコニコと、なんか話しかけてたっけ。

─だいじょぶだよなー、風子元気だもんなー。
─パパ行って来るから、パパにちゅーは?

毎朝スキンシップしてもらって、なんとなく、朝の風子はゴキゲンに見えた。
まあそのゴキゲンも、「そろそろ朝ごはんにしよっか!」までなんだけど(ノω・、) うっ
風子が飲んだお薬というとこれまで、目薬は別にして
フィラリアの予防薬くらいで、いつも錠剤だった。

錠剤はクチを開けさせて喉の奥にきゅっと押し込んで、
しばらくマズルを閉じさせてると上手にごくんと飲み込む。

ところが、B獣医さんで処方されたのはいくつかの錠剤と
先生が調合してくださった粉薬。
どうやって飲ませれば良いんだろう、と戸惑ってたら、
給餌用の大き目のシリンジとは別に、お薬用にと小さいシリンジも持たせてくれた。

教えてもらった通り、小皿に粉薬と少量の水を入れて混ぜて、シリンジで飲ませてみる。
でもこの方法、なんだか、うまくいかない。

飲ませたあとのシリンジの内側に、どうしても
溶けきらなかった粉薬が貼り付いて残ってしまう。
少量とはいえ、ただでさえ元々耳かき何杯分?って位の粉薬。
これじゃちゃんと効かないんじゃないかって不安になった。

ネットで粉薬の上手な飲ませ方を色々探してたら、どこだかで、
食欲対策に購入してた高カロリーサプリメントが使えると書いてあって
早速試してみる。

小皿に粉薬をとり、
ねっとりした水飴状のサプリメントをティースプーン一杯くらい搾り出し、
粉薬を練り込んで、
強制給餌の時と同じようにクチの、上あごの内側にぺとっと塗り付ける方法。

しばらくマズルを閉じさせていると、風子はごくんと飲み込んだ。

うまくいったーって大喜びした。
早速サプリメント、これからたくさん使うだろうから、と追加注文して。

思えば、あの時の風子の体は、無理矢理食べさせられるご飯だけじゃなくて
あのサプリメントにも助けられてたんだろうと思う。

風子。
未開封のサプリメントね、全部実家のK君に送ってあげたんだよ。
おじいちゃんだから時々食欲が無くなることがあるらしくて、
そういう時にごはんに乗っけてあげたり、舐めさせたりして、元気出してるんだって。

そういうの聞くと、ちょっと嬉しいよね。
風子のプレゼントが、K君の元気を取り戻す助けになったって思うと、嬉しい。
お姑さんから電話がかかってきた。

「ねねちゃん?留守にしててごめんねぇ、封筒届けてくれてありがとう」

ウチの住所は元々ばあちゃんの代からダンナ一家が住んでいたところなので、
時々、姑宛やばあちゃん宛の郵便物が届く。
買い物に行くついでなどにそれを、姑の家まで届けたりする。

「それと、パン!すごくうめがったぁ!ごちそうさま(o^∇^o)」

・・・パン?

・・・パン!?

「封筒と一緒に置いといたあのパン!?だ、誰が食べたんですか!」

「(。・ω・。)?わたしが。あんまりうまくて、あっという間に食ってしまった」

まぢですかΣΣ(゚д゚lll)

↓姑の食べたパン↓

【↓ツヅキ】
それが正しかったのかどうか、今でも考えれば考えるほど分からなくなる。

病院の先生には
「それで良いです。しょうがないです。大変だけど頑張って下さい」
と言われて、
良いんだ、コレで良いんだ、こうしないと風子元気になれないんだから・・・
そう自分に言い聞かせて臨んでいたんだけど。

食べるのが大好きだった風子が、
食べるのが大嫌いになってく。
それが日に日に、手に取るようにわかるのが、苦しかった。



2007年12月下旬

最初は栄養スープをシリンジで飲ませる事から始めた。
左手でマズルを固定して、右手でクチの脇からシリンジを入れ、
舌の上に落とすように少しずつ。ちゃんと飲んでいるのを確認しながら少しずつ。

・・・と獣医さんに教わった通りやったつもりだったんだけど、
やっぱり慣れてなくて飲ませ方が下手だったのか、
飲み終わって1時間後くらいに、お薬ごと見事に吐かれてしまう。

時間をかけて少しずつゆっくり。
再度挑戦したら何とか吐かずに大丈夫だったけど、
どうにか、普通にフードに近いものを食べれるようになれないもんかなと悩む。

僧帽弁閉鎖不全症と診断されてから、すぐに心臓病サポートの療法食をネットで注文した。
届いたドライフードと缶詰を、水でふやかして柔らかくして、
フードプロセッサーでペースト状にする。

レンジで温めて風子の前に出したけど、風子は匂いを嗅ぐだけで、舐めてもくれない。
確かにあんまり美味しい匂いじゃないよねぇ。
指につけて舐めてみたけど、粉っぽくて何の味もしなくて、ホント不味い。

それでも元気になる為に食べてくれなくちゃ。
無理してでも食べてくれなくちゃ。
お願い。お願い。食べて。

ペーストを混ぜていたスプーンで少しすくって、鼻先にちょんと付ける。
嫌そうに舐める。
クチをこじ開けて、上あごの裏にペーストをちょいと塗る。
怒った顔でべーっと出す。
再びペーストを塗りつけて、今度は出さないようにマズルを抑える。
数十秒後、観念してもぐもぐ、ごっくんと飲み込む。



何度も休憩を挟みながら少しずつ少しずつ食べさせた。
その内、「風子、ちょっとごはん食べよっか」って声をかけると
「げっ」って嫌な顔してのそのそ逃げようとするくらい、“ごはん”が嫌いになってしまった。

ごめんね。

あんなに嫌がってたのにね。

それでも私は、亡くなるその日まで食べさせ続けた。
2007年12月下旬

こういう時ほど風子が言葉を話せたらと、どうしようもないのに思わずにはいられなかった。

何が食べたい?何なら食べられそう?

牛肉、ささみ、レバーなどをゆでて与えてみるも、
この時はどれも匂いを嗅いで、ほんの少し舐めるか、ちりっとかじるくらいで
“もういらない ごちそうさま”

お肉や野菜をゆでたゆで汁をお水代わりに置いてみたら、
匂いを嗅いで、少しだけ舐めて、
“フウコふつうのおみずがのみたいのに!なにしてくれてんの!?”と怒る。

牛乳プリンを目の前で「おいしー♪あープリンおいしー♪」
とワザとらしく食べてみた時は、興味を示して私の顔を覗き込もうとするので
手の平に乗っけてやってつるっと二口か三口・・・
喜んだのも束の間、結局食べるというより、味見程度で終わり。

風子が食欲を無くしてから丁度一週間。色々と試行錯誤する中、
初めて自分から食いついた食べ物は、獣医さんおすすめの“猫缶”だった。

ほぐした猫缶を風子の枕元に置き、しばらくそっと見守っていたら、
匂いにつられて起き上がり、くんくんして、

食べた。


嬉しくて嬉しくて、でも騒ぐと気になって食べるのやめちゃいそうで
こっそり離れて撮って、パパに写メした。

確かに猫缶って、開けた時からドッグフードとあんまり違うのでビックリ。
まぐろベースだったからか、匂いも見た目も、味も、ちょっと薄目のツナ缶という感じ。
おしょうゆかけたら、充分にヒトのおかずに使えそうなくらい。

獣医さんには、
「猫缶は犬にとっては確かに珍しいし食い付きもイイんだけど、
 犬の体には塩分も多いし食べ続けて行くには適さないので、
 あくまでもキッカケにして、徐々にドッグフードに戻して行ってね」
と言われていたので、
猫缶とドッグフードと少しずつ混ぜて行って・・・とワクワクしていたんだけれど。

残念ながら、猫缶もこの日限りだった。
昨日は11回目にして、川へのお墓参り初サボりの月命日。

それでもやっぱり朝から晴れた。

風子呼んでた?ごめんねー(汗
ねねの運転では、雪まみれの川への進入は、ちょっと心許ない。
風子のオヤツを買いに行くついでに、川にかかった橋の近くに車を停めて
歩くだけで許してもらった。

この橋の名前、『幸』って字がつくんだね。へぇ。

車で走ってると、見逃すことがいっぱいだ。

そうそう、大昔になるけど、風子の目がまだ見えていた頃、
自転車で川に行った事があったの覚えてる?

夏だった。とても良い天気だった。
青々とした田んぼの中を、自転車2台と小走りの黒柴でのんびり走った。

車で行くのとは違う道を通った。
いつもと同じ場所に向かっているのに、全く違う景色が新鮮で、ワクワクした。
時間はかかるけど、風や、匂いや、音を感じながら走るのもイイもんだなぁと思った。

風子は行き道も、川へ着いてからもハイテンションで楽しそうで
走って歩いてオヤツも食べて、めーいっぱい遊んだので
案の定、帰り道はくたくたで、大人しくパパの自転車の前カゴにすっぽり収まってた。

巨大な杉が鬱蒼と茂る坂道を、自転車をふぅふぅ押しながら登ってる時、
美味しい湧き水が湧く小さな神社も発見したっけ。

時々、パパが前カゴに収まって大人しくする風子を見て呆れながら、
「ダメだ、風子全然降りる気無いや」
と笑ってた。

特別な事なんて何も無いけど、とても幸せだった夏の一日を思い出しながら
風子の写真と小さな遺骨に、
お花と、おやつパンと、プリン、ミルクをお供えする。



焦って走る必要なんて無いよね。
立ち止まってみる。
振り返る。

歩くのに疲れたら、道端に座ったって寝転んだっていいんだ。
2007年12月19日水曜日

利尿剤を飲ませ続けて毎日オシッコがじゃんじゃん出る。
呼吸もかなり落ち着いてきたみたいだし、よく動けるようにもなってきた。

朝9時過ぎ、病院。
検査してもらったら、レントゲンを見た先生が「良かったー!かなり水抜けてますよ!」って。
もう凄い嬉しくて嬉しくて。一緒に大喜び。

次の問題は、ごはん。
風子は具合が悪くなってから全くごはんを食べようとしない。
食べさせようと口元に近づけても、イヤイヤして逃げてしまう。
「栄養注射しますね」
先生の後ろで、ギョッとするほど大きな注射器を2本、助手の人が準備していた。
ピンクと、透明の液体で満たされた注射器の針が、風子の背中にぶすっ。

「これって、何日分の栄養になるんですか?」

「実はね、1日分にしかならないんですよコレ」

えー!こんなに大きい注射なのに・・・。
背中がぷんとふくらんでいた。
背中のとこに溜まるようにして、一日かけてちょっとずつ、吸収するらしい。


肺水腫はまだこの先も一進一退を繰り返すことになるけれど、
目下の悩みの種は、食欲の無さだった。

というのも、肺水腫が発病してから物凄い勢いでやせてきてしまって。
なのに水以外のものは頑として口にしようとしてくれない。

失明した時に試したものは煮干も含めて全部撃沈。

ブログも無く、ネットをただ「犬の食欲…食欲…」とぶつぶつ言いながらさ迷い歩き、
思い切って掲示板で相談したり、実家の妹に相談したりして
色々なアドバイスを頂く。

・匂いの強いもの、牛肉やレバーなどがイイかも
・より食欲を刺激するように、温めて出すこと
・水を飲めるなら、水をお肉のゆで汁やスープにしてみるとか
・きっかけに、やわらかいプリンやゼリーなどもいいかも
・高カロリーサプリメントで栄養を補うのもイイ


獣医さんからも栄養スープやa/d缶、針無しのシリンジなどを持たせてもらって
アドバイスしてもらった。

・スープは自分で飲まなければ、シリンジに詰めて飲ませて
・a/d缶もやわらかいので、よく練って少し伸ばせばシリンジで使える
・食欲復活のきっかけに、試しに猫缶あげてみたらイイかもしれない


たくさんのアドバイスをもらって、全部試してみることにした。
忙しさにかまけて更新をすっかりサボっておりました。すみませんすみません。
日付を捏造(!?)しております。思い出話なのでご容赦ください<(_ _*)>


2007年12月下旬

風子の呼吸の状態は、一進一退という感じだった。

体が苦しくてあまり動けないので、オシッコは寝たままペットシーツに。
オシッコが出れば出るほど、風子の呼吸が落ち着いてくれるんだと思うと、
オシッコが待ち遠しくてしょうがなくて、
「風ちゃん、チィ出た?」
と時々タオルケットをめくったり、手を入れて来る私に、風子はあからさまに嫌な顔をした。

風子のプライド。自分の寝床にオネショはしない。

どうしてもオネショしそうになったら、ねねの布団でする。(なんでやねん

それが寝たまま、自分の意思とは関係無く出てしまうのが納得行かなかったらしい。
ペットシーツを取り替えて、タオルで下半身を拭いてる間もずっと不機嫌。

「フウコ、ほんとはここでチィしたくないの!わかる!?わかるよね!?」

と表情で訴えて来るので、
「今はじゃんじゃん出さなきゃダメなんだよぉ・・・じゃなきゃ苦しいでしょ?ガマンして頑張ろ」
一生懸命言い含める。

いっぱい出たら、「やったねー!」とほめてみたりもしたけど
何か言えば言うほど気に入らないみたいで(苦笑

ただ、そうしてじゃんじゃんオシッコが出ている一方で
この後もしばらく、呼吸が落ち着いたと思ったら翌日苦しくなったり、
肺の水が抜けた、と喜んでいたらあっという間に溜まって来たりを繰り返す。

主治医の女医さんは診察する度に困りきった様子だった。
「おかしいなぁ・・・うーん」
他の先生にも相談したり、カルテを見て考え込んだりしながら、
利尿剤の処方量を一生懸命計算してくださっていた。

肺水腫さえ治まれば、心臓の薬を飲み続けながら長生きしてるわんこは沢山いると。

それを信じて、その時は頑張るしか無かった。

やがて飲み続けた利尿剤に慣れて行ってしまった風子、
元気な時のように寝床どころか家の中でオシッコするのも嫌がり始める。
黙って見てると、平気でガマンしてしまう一方。

2~3時間に一度、庭に連れて行ってトイレを促すようになった。
心臓病には寒さが良くないって言われてたので、
本当は、雪と氷に埋まった寒い屋外には出したくなかったんだけれど
風子はもう、家の中ででは絶対しないと決めてたみたいで
外に出した瞬間に数歩歩いただけで、ジャーッとちゃんとする。

ホント、頑固者なんだからって呆れながら、1日十数回のミニ散歩を続けた。

大変だったけど、今思い出すと
庭をぐるぐる風子と歩けるだけでも、幸せだったなぁ、なんて。
忙しさにかまけて更新をすっかりサボっておりました。すみませんすみません。
日付を捏造(!?)しております。思い出話なのでご容赦ください<(_ _*)>


2007年12月17日月曜日

高濃度酸素ルームに一晩入院した日の翌日、パパと風子のお見舞いへ行った。
診察室に抱かれて来た風子の呼吸は、
平常時にはまだ遠いけど、前日の“全速力で猛ダッシュ”してる状態に比べたら
幾分穏やかになっていた。
「歯茎の色がね・・・」
と女医さんが風子の黒わらびもちをふにっとめくると、赤味がかったピンクの歯茎。
「昨日、真っ白でしたもんね」
「そうそう、今はかなり楽になったはずです。昨夜もぐっすりではないですけど、
 少しは休めたと思いますよ」

このまま入院させるかどうかは、私達に任せる、と言われた。
細かい肺胞の一つ一つに溜まった水は、注射器で吸い取る事も出来ないし、
もちろんスポンジのように絞ることも出来ない。
ただただ、利尿剤を使ってオシッコとして、体外に水を排出して行くしか方法は無いと。

風子はもちろん、帰りたそうな顔で私とパパに顔を向けている。
高濃度酸素ルームに入れてもらってる方が、風子の呼吸は楽なはずだけど…。
頑固で意地っぱりな反面、神経質で弱虫なとこもある風子。

風子どうする?もうちょっとここで、楽になるまで休ませてもらう?

それとも、少し苦しいだろうけど、お家に帰ってパパとねねと一緒に居る?

聞くまでも無かった。
風子はフラフラなのに、立ち上がろうとする素振りを見せた。
置いてかれまいと、診察台から私によじのぼろうとする。

診察台に上げられるといつもそうするように。

「帰ります。・・・風子、お家帰ろう。ね、よし、帰ろう」
風子に笑いかけたけど、泣き顔になっちゃったかもしれない。

「苦しくなるようだったら、いつでもいいので電話して連れて来て下さい。
 一緒に頑張りましょう」

降りしきる雪の中、帰宅。
家に到着して、居間の、いつもの風子の座布団にペットシーツを敷いて
風子を寝かせた。
「ストーブストーブ」
「こたつこたつ」
パパがあちこちパタパタ走り回りながら暖房をつけて回ってる時、
伏せたまま居間の空気を感じ取るように首をきょろきょろ動かしてると思ったら、
風子、笑った。

「パパ!風子笑ってるよ」
「え?なに?」
「風子が笑ってるって・・・ああ、ホントに笑ってたのに」

一瞬だったから、私しか見てない。
口をぱかっと開けた満面のスマイルっていうんじゃなくて、
口を閉じたまま、にまーっ( ´ー`)という感じで笑った。ように見えたんだ。

「風子嬉しいの?帰って来て嬉しい?」

その後はいつもの真顔な風子に戻って、ぽてっと横になると
荒い呼吸の中、休んでいた。
あけましておめでとうございます

バタバタしながらおせち料理らしきモノやお雑煮らしきモノも一応作り、
のんべんだらりんと過ごす予定だった今年のお正月。

嬉しいかな悲しいかな、お仕事を頂けたので
のんべんだらりんで寝正月なダンナを居間に残し、
今日から仕事始めなねねさんです。

元日のお昼、おせちをちょっとずつ風子さんにもお供え。
おトソを呑むお猪口を準備していたダンナが
「風子のお猪口に何入れるのー?みずー?」
と聞くので反射的に
「お酒入れちゃおう!」
と答えた。

「風子にお酒ーー!?」
目を丸くするダンナ。
「お正月だし!風子オトナだし!うん、お酒にしようお酒」

風子が喜ぶかどうかはともかく(笑
いつも晩酌してた私達の側で、
“ナニのんでんだかなぁ。フウコはオヤツがほしいんだけどなぁ”
って顔でジーッと見てた風子も、今は何食べても何呑んでも良いわけで。

風子って酔っ払ったらどうなるんだろう?
なんかグチグチ言い出しそう(笑
ねねとパパがコレだから、絶対風子ものんべえだと思うんだよね・・・。

笑いながら、風子の写真の前にもお料理とおトソをセッティングして
二人と一匹で、「あけましておめでとうございます」をした。

風子、あけましておめでとう。
そういえばここ十数年、年が明けて最初に挨拶するのはいつも風子だったな。
パパは寝てたりするもんね。
風子も寝てるんだけど、ねね、わざわざ起こしに行ってぎゅーってしてたもんね(笑

初めてのおせち、初めてのおトソ、美味しかった?
お酒初体験でどんな顔してるんだろう。
笑ってるかな、それともマズーって顔しかめてるかな。

ねねとパパはね、

風子がね
風子ってさ
風子あの時

風子の思い出話をしても、笑えること、増えてきたんだよ。
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